パ​ン​ダ​園

by 故やす子

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1.
1 僕の、背が高いだけの青い城 僕の、背が高いだけの青い城 僕の、背が高いだけの青い城 積み重ねるだけなら誰でもできる そう言い聞かせて、ひたすら真四角の箱を塔のように 高く高く、明くる日も明くる日も いつしか雲にも届く高さになり 青色が好きだからとそればかり集めていたら 貴方のお城は寒そうねと 王になる前から王妃に振られた 僕の、背が高いだけの青い城 寒々しく、芸のない 僕の、背が高いだけの青い城 見晴らしばかりは最高で ほら、地平線の向こうにいる 誰かが手を振っている 遠く遠く、豆粒みたいな影が 海や空や星 思いつく限りの素晴らしい青になぞらえて まだ見ぬ君なら笑ってくれるかな 笑ってくれるといいんだけどな
2.
2 蛙は利口だ 音楽の授業で張り切るタイプを 冷笑していた時期を過ぎて 一生懸命なソプラノに とうとう涙ぐむようになってしまった 振り返れば、僕は本当につまらない人間で こうして感傷に浸るあたりやはりつまらない人間だ 振り返れば、あの子も何一つ変わることなく 少し離れた丸い瞳で、今もやさしく笑いかけてくれる ただ成長していないだけ、と笑うけれど 誰にも触れられない場所に秘め続けた綺麗なものを 揺らぐことなく持ち続けるということは どんなことよりも激しい諍いなのだ それが一番利口な生き方、などとは言いたくない 言葉を選ぶ僕にあの子は大きな口で笑う 褒めるだけのことにそこまで頭を悩ませないでと 高く、迷いなく、飛び跳ねるような
3.
3 日々は、五月雨式に 落第、ドロップアウト、不適合 何が正しいのかわからない中でも 確かに外れたな、と思う瞬間はいくらでもあり 古い記憶は裏拍になるカスタネット 責められることはなくても、瞳の奥にある色合いを 正確に感じ取る目敏さだけは優れていて 負わなくもいい傷を馬鹿になるまで浴びて 可哀想ねと撫でられる時期はとうに過ぎ去り こんなにまで悲しい 悲しい人に 朝焼けが目に痛い 夜の空気は耳が痛い いつまで探そうか 安寧へと続く列車 誰も知らない国に思いを馳せ どうしようもない夜を何度も迎えている それでも 観たことなかった古い映画に涙して 誰かと分かち合いたくなったり 何をどう嘆こうと 日々は、五月雨式に
4.
4 そう、落ちるならギリシャがいい そう、落ちるならギリシャがいい 底なしへのフリーフォール 光も音も、時も君も 過去も未来も、食べかけのトーストも 何もかもを置き去りにした 古いレコードが繰り返し囁くように パトランプ光らせて 血が、酸素が、身体を巡る 空を切る手足、爆ぜそうな心臓 明日が見えない霧中、一寸先は悲しみ ふと思い出した星空は、知らん顔で輝いて 一度も僕には寄り添わなかった 絶望するのは楽で 希望を抱くのは歌を歌うより難しい それでも僕のポップスに 君は、嬉しそうに聴き入った そう、落ちるならギリシャがいい なんてったって海が綺麗だ それを教えてくれた君の 君の顔ばかりが、今になって
5.
5 次の月のない夜に いろとりどりのランタンは気球の形 赤や緑があっちこっちへと反射て(はねて) 嗅いだことのない匂いは 名前も知らない国へと誘う(いざなう) 花弁が素数だという花 煙をたたせるゴブレット 昼間の光を放つ石 遠い地にいた少女の髪束 何処の誰なのか、謎の肉 床店の店主の髭は豊かに靡き 太い指で弦をおさえる 鳴り止まない旋律は協和を知らず 誰かはそれに郷愁を重ね 誰かは不安で涙を流した どうぞご贔屓に、どうも 次の月のない夜に また会えたなら、その時はきっと
6.
6 三角先生に会ってきた 空は青すぎる程青く、雲は白すぎる程白く、煙は高すぎるほど高くのぼっていく シャツのボタンを一番上までとめて、いつもより息苦しさを感じていた 黒い群れの中を泳ぎ、やがて辿り着いた場所で、僕は周囲の真似をした心無い儀式をする だって、まだ何も感じない 喪失も悲しみも、共に過ごした時間と比例するものだから 連絡をくれたのは、もう何年も音沙汰がなかった同級生だった サンカク先生が死んだらしい と、彼は挨拶もそこそこに気落ちした声音で言った 僕は一瞬誰のことかわからなくて「サンカク先生」と何度か呟き、やがてしわくちゃの白衣を思い浮かべる 三角先生はあの小さな町で小さな病院を営む医者で、「サンカク先生」というあだ名で皆から慕われており、僕は彼のことが嫌いだった だって、子どもにとって医者は医者というだけで天敵だったし、サンカク先生は確かに優しい人ではあったけれど、とてつもなく注射が下手だったのだ 僕は何度も「痛くないよ」と偽る彼から下手くそな注射を打たれている 子どもの時に打った予防接種は、全てサンカク先生によるものだ 何本打ったかだなんていちいち覚えていないけど、一本打つごとに僕はきっと彼のことを嫌いになったに違いない 最後のお別れですので、是非お花をおさめてあげてください 渡された花はサンカク先生の白衣みたいに真っ白だった 何十年ぶりかに見る先生の顔は、「そうそう、こんなんだったよね」と思えるはずもなく、全く知らない何処かの誰かみたいによそよそしい 少し茎の折れた花を、サンカク先生の顔の傍に添える こんにちは、サンカク先生、お元気でしたか 口には出さずに語りかけ、やがて沈黙する かけたい言葉なんてあるはずもない 「先生のこと、嫌いでした」 内緒事を打ち明けるみたいに小声で囁く 皆に好かれていたあなただけど、僕は嫌いだったんだよ もちろん、先生は何も言わない でも、少しだけ、穏やかに笑っているように見えた まるで「知っていたよ」と言わんばかりの

about

故やす子(@ko_yasuko_) / Twitter twitter.com/ko_yasuko_

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lyric and Artwork

仮名(@canamemomemo) / Twitter twitter.com/canamemomemo

Track 6 is collaborate with Elitetao

Elitetao(@pip_to_tao) / Twitter twitter.com/pip_to_tao

credits

released July 7, 2023

OMOIDE 264 パンダ園
Produced by 故やす子
lyric and Artwork 仮名
Released by OMOIDE LABEL
Catalogue Number : OMOIDE 264

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